| 6/3 「下田を歩く」 〜第1回 ペリーロード散策〜 |
キーノです。シリーズ「下田を歩く」第1回目は
下田市内の観光名所として名高いペリーロードから。

現在ペリーロードのある通りは
下田が風待港として栄えた江戸期以降、
船員たちの歓楽街として栄えた。
現在は保存された建物に飲食店・雑貨屋などが程好く入店し、
そのまま往時を偲ばせる”たたずまい”を残している。

伊豆石の見事な蔵を発見した。
ここまで保存状態の良い伊豆石の建築物は実に貴重である。
伊豆石はその名の通り、伊豆原産の建築用石材である。
かつては将軍のお膝元である江戸に運ばれ、
特に江戸城の建設には欠かせない重要な石材だった。
最も現在は採掘されていないため、
伊豆石の新築や現代建築を見ることはない。
下田にはこのような伊豆石の建物が随所に残っており、
貴重な文化財として、保存が求められている所だ。

ペリーロードの紫陽花は下田公園のものとは若干違い
雄弁さの代わりに控えめな可憐さを感じさせる。

風にそよぐ柳がなんとも心地良く情緒的だ。
秒単位で変容する近代的都市空間からは
完全に失われてしまった、まさに日本の原風景だ。

ペリーロードの魅力は、
今も昔もこの”たたずまい”にあるのだろう。

6/1より下田公園にてあじさい祭りが開幕。
ペリーロードを散策するとそのまま下田公園に行き着く為
ついでに足をのばしてみた。

巨大な紫陽花を接写。

祭りの期間中は色とりどりの紫陽花が
数百万輪ゴージャスに咲き乱れる。
だが、今日はまだ咲き始めといった段階で、
どうやらこれから満開になるようだ。
下田市内の観光名所として名高いペリーロードから。

現在ペリーロードのある通りは
下田が風待港として栄えた江戸期以降、
船員たちの歓楽街として栄えた。
現在は保存された建物に飲食店・雑貨屋などが程好く入店し、
そのまま往時を偲ばせる”たたずまい”を残している。

伊豆石の見事な蔵を発見した。
ここまで保存状態の良い伊豆石の建築物は実に貴重である。
伊豆石はその名の通り、伊豆原産の建築用石材である。
かつては将軍のお膝元である江戸に運ばれ、
特に江戸城の建設には欠かせない重要な石材だった。
最も現在は採掘されていないため、
伊豆石の新築や現代建築を見ることはない。
下田にはこのような伊豆石の建物が随所に残っており、
貴重な文化財として、保存が求められている所だ。

ペリーロードの紫陽花は下田公園のものとは若干違い
雄弁さの代わりに控えめな可憐さを感じさせる。

風にそよぐ柳がなんとも心地良く情緒的だ。
秒単位で変容する近代的都市空間からは
完全に失われてしまった、まさに日本の原風景だ。

ペリーロードの魅力は、
今も昔もこの”たたずまい”にあるのだろう。

6/1より下田公園にてあじさい祭りが開幕。
ペリーロードを散策するとそのまま下田公園に行き着く為
ついでに足をのばしてみた。

巨大な紫陽花を接写。

祭りの期間中は色とりどりの紫陽花が
数百万輪ゴージャスに咲き乱れる。
だが、今日はまだ咲き始めといった段階で、
どうやらこれから満開になるようだ。
[2006/06/03 Sat 17:08:13]
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[馬鹿と煙] - 2007/12/03 Mon, 03:24:16
⇒伊豆下田港 - 空撮その166
静岡県下田市下田港1853年ペリー来航で開国を迫られた江戸幕府は翌年1854年和親条約を結びます。300年に渡る鎖国はここ下田港の開港で終焉します。下田は学生時代にゼミ合宿で行きました。勉強もしない
[陽だまりの中で - 航空写真の旅] - 2006/09/25 Mon, 14:45:30
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