ヨリトモじゃ!
下田にはたくさん史跡があるのじゃが、今日は史跡がそのまま喫茶店
になっているという面白い店の紹介じゃ。
欠乏所跡は昭和51年5月27日に市指定史跡になったのじゃ。
嘉永7年(1854)3月、横浜で日米和親条約の締結。
つづいて下田条約により下田が即時開港となったのじゃ。
幕府は最後まで貿易を拒否し、航海上必要な薪水食糧石炭他欠乏の品だけを供給することとしたのじゃ(第2条)。
その上「必要の品物その外相叶うべき事は双方談判の上取極め候事」(第6条)と定めたのじゃ。
この曖昧な取極めのため、ペリー艦隊が下田に入港すると、漆器・物・下駄・傘のようなものまで、米人の好むに任せて盛んに売り渡された。
我が国最初の開港場に於て、はやくも欠乏品の名目の下に留易が開始されたのじゃ。

その後、「平野屋」の名前で旅館として栄え、現在はその雰囲気を残したまま喫茶店として営業しておる。

余ならまず洋酒を買って飲みまくりの毎日であったろう。
カーッカッカッカッか!
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